名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)107号 判決 1960年7月30日
主文
一、控訴人中部罐詰株式会社の控訴を棄却する。
同控訴費用は控訴会社の負担とする。
二、原判決中控訴人吉野、同川口、同村上、同大口、同伊藤、同神藤、同古川及び同高坂に関する部分を取消す。
同控訴人等に対する被控訴人の請求を棄却する。
同控訴人等に関する訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴会社及び控訴人吉野東市並に控訴人川口等七名代理人は、いずれも「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
(被控訴代理人の主張)
被控訴代理人は、請求の原因として次のように述べた。
訴外食料品配給公団(以下単に公団という)は、食料品配給公団法(昭和二十四年法律第一七一号により昭和二十五年四月一日をもつて廃止)に基づいて設立された法人であるが、昭和二十五年四月一日同法第三十一条により解散し、その後清算手続を終了して消滅したが、被控訴人国は、右公団の消滅に際し公団よりその有する残余財産の一切を承継したものであり、控訴会社は、控訴人吉野、同川口、同村上、同大口、同伊藤、同神藤、同古川、同高坂の八名が発起人となり、同二十四年十一月五日成立した資本金二百万円(全額払込みずみ)罐詰製造用原料資材の売買及び委託売買その他一切の食料品並びに調味料の売買、食料品の輸出入等を目的とする株式会社である。
第一、一、公団は、控訴会社に対し罐詰を、代金は即時払の約旨のもとに次のように売渡した。
1、同年十一月五日売渡(一)家庭用配給マーマレード百函単価三千百一円金額三十一万百円(二)鉄鋼労務者用鮪味付ほか八函三十六罐(但し、同日売渡数量十函三十六罐のうち返品二函を除いたもの)単価四千八百円金額三万三千二十五円四銭小計三十四万三千百二十五円四銭
2、同年十二月十三日売渡 鉄鋼労務者用マーマレード三十函単価三千百一円金額九万三千三十円
3、同年十二月二十八日売渡 福神漬一函金額三千六百三十円
4、同年十二月三十一日売渡 (一)苺ジヤム単価一函三千二百二十九円のもの一函、単価三千百一円のもの八函金額二万四千八百八円、小計二万八千三十七円(二)魚肉団子十函のうち五函は、単価二千五十六円、うち五函は、単価千五百十七円小計一万七千八百六十五円(一)(二)合計四万五千九百二円
5、同二十五年一月十六日売渡 鯨味付千六十一函十二罐(但し一函は四十八罐、同日売渡数量千四百九十九函四十五罐のうち返品四百三十八函三十三罐を除いたもの)単価二千九百八十六円金額三百十六万八千八百九十二円四十銭
6、同年一月三十一日売渡 松茸水煮二罐単価三千四百七十円金額六千九百四十円以上1ないし6の代金合計三百六十六万千五百十九円四十四銭
二、控訴会社発起人代表吉野東市は、昭和二十四年十月三十一日公団より未だ成立していない控訴会社の名義をもつて、家庭配給用海苔佃煮十五函単価三千百五十八円金額五万九千三百七十円を買受けたところ、控訴会社は、その成立した同年十一月五日以後において、吉野より右現品を引取り、もつて右海苔佃煮売買により生じた一切の権利義務を承継した。
三、控訴人吉野は、訴外中部食品株式会社(以下中部食品という)の名義をもつて公団より、別紙第一表記載のとおり代金合計八百七十七万千八百三十六円十五銭相当の罐詰を買受け、そのうち返品した別紙第二表記載の代金合計五百五十三万千五百六十円六銭を控除した三百二十四万二百七十六円九銭相当の罐詰を控訴会社に引渡し販売させたのであるが、公団は、そのうち昭和二十四年十月三十一日五十万円及び七十万円、同年十二月二十七日並びに同月三十一日各十四万千百円合計百四十八万二千二百円の代金支払を受け、昭和二十五年三月三十一日現在においては、右売掛代金残額百七十五万八千七十六円九銭の債権を有することとなつたのであるが、右のように該物品は、控訴会社が引渡を受け販売をなしたので、控訴会社と協議のうえ、その承諾を得て右の買受人を中部食品から控訴会社に振替えたのである。すなわち控訴会社は、公団に対し右中部食品名義の売買契約により生じた一切の権利義務を承継することを承諾した。ところで公団は、同日控訴会社より右売渡物品のうちたらばかにフレーク七函五十八罐単価一万千七百八十九円金額八万九千六百四十五円四十銭、みかん百十六函単価千二百五十七円金額十四万五千八百十二円計二十三万五千四百五十七円四十銭の返品を受け、その後別紙第二表の返品のうち昭和二十五年三月二十三日の分につき三万円の誤算を発見し、これを差引くこととなつたので、結局公団の有する右売掛代金残額債権は、百四十九万二千六百十八円六十九銭となつた。
以上のとおり、公団は控訴会社に対し、一ないし三の合計五百二十一万三千五百八円十三銭の売掛代金債権を有していたところ、控訴会社より昭和二十四年十二月三十一日から同二十六年二月六日までの間に別紙第三表のとおり合計二百九十万千百四十三円三十三銭の支払を受けたが、差引き二百三十一万二千三百六十四円八十銭の支払を受けていない。被控訴人国は、前記のように右控訴会社に対する公団の売掛代金残額債権を承継したので、ここに控訴会社に対し同金員及びこれに対する最終内入代金支払の日の翌日である同二十六年二月七日(訴状の一月七日の記載は、二月七日の明白な誤記である)より支払ずみに至るまで商法所定の利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二、控訴会社は、その全額払込みずみと称する資本金二百万円については、控訴人吉野東市個人名義で、訴外株式会社第一銀行名古屋支店より一時借受けた金二百万円をもつてこれに充て、あたかも二百万円の株金全額の払込みがあつたように仮装したうえ、会社設立登記を経由したものであつて、現実には右資本金二百万円についての株金の払込みを全く受けていない。従つて控訴人等(控訴会社を除く)は、控訴会社の発起人として、控訴会社に対し連帯して右未払込株式金二百万円及びこれに対する同株金払込期日の翌日である昭和二十四年十一月五日より右払込みずみに至るまで、控訴会社定款所定の日歩四銭の割合による損害金を支払うべき義務があるところ、控訴会社は、営業不振で債務超過の状態にあり、第一に記載した被控訴人に対する支払債務を弁済する資力がないにもかかわらず、右控訴人等に株金等の払込み請求をなさないから、被控訴人は、前記控訴会社に対する債権を保全するため代位して、控訴人等(控訴会社を除く)に対し、右未払込株金二百万円及びこれに対する前記昭和二十四年十一月五日より右支払ずみに至るまで日歩四銭の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、なお被控訴人代理人は、原審当時前記第一の三のうちの三万円の誤算が発見できなかつたため、原審においてはその額を差引かなかつた結果、第一の一ないし三の売掛代金残額合計を前記主張と異る五百二十四万三千五百八円十三銭(原判決がこの額を五百二十三万八千五百八円十三銭としているのも誤算である)と陳述し、そのため内入代金額を一万円多額に計上し、又値引二万円の事実がないのに、誤つてこの事実ありと主張した(但し、結局控訴会社に対する本訴請求額は同一である)。また第一の二について、当審の昭和三十一年八月十四日以前の口頭弁論期日までは、控訴人吉野東市が控訴会社の発起人代表としてなした右第一の二の売買を、あたかも控訴人吉野が個人としてなしたように主張した。しかし右各主張は、いずれも事実に反し錯誤に基づくものであるからこれを取消す。
第四、控訴会社及び控訴人吉野東市並びに控訴人川口等代理人の主張に対し、次のように述べた。
一、右主張事実(但し、弁済の抗弁の点については、前記被控訴人の主張に反する部分のみ)は、すべて否認する。控訴会社代表者及び控訴人吉野東市の自白の撤回には、異議をとどめる。
二、被控訴人主張の前記第一の各売買契約について、仮りに控訴会社が真実の買主ではなかつたとしても、控訴会社は右各契約並びにその買受品の処分につき、控訴人吉野および中部食品をして控訴会社の商号を使用させてこれをなさしめたものであり、このため公団は、右売買契約(とくに第一の二、三)の買受人を控訴会社なりと誤認したのである。従つて控訴会社は、商法第二十三条により右売買契約より生ずる債務につき責を免れない。
三、控訴会社が、前記第一の二、三の売買契約により生じた一切の権利義務を承継したことは、控訴会社の代表取締役たる控訴人吉野東市の債務を引受けたのではないから、商法第二百六十五条にいわゆる取引に該当せず、従つて右承継については、その当時における監査役の承認を必要としなかつたものである。しかし仮りに、右承継が控訴会社代表取締役たる控訴人吉野のなした右売買契約上の債務の承継であり、これが同条にいわゆる取引に該当するものとしても、右の承継については、昭和二十五年四月二十八日における取締役会において、監査役の承認を得ているので、控訴会社は右承継の効力を否定することはできない。
四、仮りに、控訴人川口、同村上、同大口、同伊藤、同神藤に対し控訴会社の発起人として、その未払込株金についての払込義務を負担させることができないとしても、被控訴人は右控訴人等に対し、商法第百九十八条に従い、前記発起人等に対する損害金請求と同一の未払込株金二百万円につき、控訴会社に代位してその支払を求めるものである。
(控訴会社及びその他の控訴人等の主張)
第一、控訴会社及び控訴人吉野東市並びに控訴人川口等代理人は、答弁並びに抗弁として、いずれも次のように述べた。
一 被控訴人主張の請求原因事実のうち、冒頭記載の控訴会社が昭和二十四年十一月五日成立したとの事実、第一の一ないし三の各事実、及び第二のうち控訴会社が、その資本金二百万円について株金全額の払込みがないのにこれある如く仮装したとの事実は否認し、その余の事実は認める。なお、後記のように第一の二の売買契約の当事者は、吉野東市個人であるから、この点についての被控訴人の自白の撤回、並びに本件売掛代金残額につき二万円の値引をした旨の被控訴人の自白の撤回については、異議がある。
二 そもそも控訴会社は、昭和二十四年十一月五日設立登記を経由はしているが、その実体は、重要なる設立手続が履践されていないから、未だ成立に至らず不存在というべきである。すなわち、控訴人吉野は、控訴人川口等七名が控訴会社の定款及び株式引受証に押印してあつたのを利用し、右川口等の同意を得ないで株式引受数を記入し、創立総会の招集通知もせず同総会の開催もしていないのに、あたかも創立総会を開催して創立事項の報告をなした上取締役、監査役の選任がなされたような文書を作成し、右控訴人川口等七名の知らない間に控訴会社設立登記手続をなしたものである。従つて、控訴会社は、その設立が無効というよりも不成立というべきであり、控訴会社の成立を前提とする被控訴人の本訴請求は理由がない。
被控訴人主張の第一の一ないし三の各売買における買主は、控訴会社ではなく、中部食品か又は控訴人吉野個人である。すなわち公団は、当時登録業者に対してのみ配給手続によつて商品の販売をなしていたものであるから、登録業者でない控訴会社との間に取引がなされる筈がない。従つて、右第一の売買契約における買主は、たとい控訴会社の名義が用いられていても真実は中部食品であり、また右第一の一、二の売買契約における買主は、被控訴人の主張自体より明らかなように(控訴会社設立前の分に関する分は特にそうである)控訴会社ではない。なお仮りに、右各売買契約により生じた権利義務を控訴会社が承継したとするも、右各売買の品目、数量、金額については、被控訴人主張のとおりとは認め難い。
次に、仮りに控訴会社が適法に成立したとしても、控訴人川口等七名が保証人となり、控訴人吉野が前記訴外銀行より借入れた二百万円をもつて、控訴会社の全株式の払込金に充当しているので、控訴会社の未払込株式は存しない。たといその後控訴人吉野において、控訴会社の資本金二百万円をもつて同銀行からの借入金の弁済に充てたからといつて、既に全株金が払込済であることは何等の消長を来たさないというべく、控訴会社の発起人である控訴人吉野等八名が未払込株金についての責を負うことはあり得ない。
三 前記のように控訴会社は、被控訴人主張のような右第一の二、三の売買契約により生じた権利義務を承継した事実は全くないが、仮りにこの事実があつたとしても、右は控訴人吉野が控訴会社の代表者として、同人の個人の債務を控訴会社に引受けさせたものであつて、いわゆる自己契約又は双方代理行為であり監査役の承認を得ていない無効のものであるから、控訴会社に対し右債務引受の効果は発生しない。
第二、控訴人川口等代理人は次のように述べた。仮りに控訴人川口等において、右未払込株金の払込義務があるとしても、控訴人川口、同伊藤、同神藤、同大口、同村上の控訴会社の株式取得は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律に違反する無効のものである。すなわち、控訴会社の営業目的は、罐壜詰製造用原料資材の売買及び委託売買その他一切の食料品並びに調味料の売買等であるところ
一 控訴人川口は、控訴会社設立前より引きつづき訴外愛知トマト株式会社の代表取締役であつて、同会社は罐詰類の製造販売卸売等をその営業目的とし
二 控訴人村上は、控訴会社設立前より引きつづき訴外株式会社丸上の代表取締役であり、控訴人神藤は、同会社の取締役であつて、同会社は食料品罐壜詰製造販売等を営業目的とし
三 控訴人伊藤は、控訴会社設立前より引きつづき訴外天狗罐詰株式会社の代表取締役であつて、同会社の営業目的は、食料品の罐壜詰の製造販売を業とし
四 控訴人大口は、控訴会社設立前より訴外大口物産株式会社の代表取締役であり、同会社は、食料品の罐壜詰類の販売等を営業目的とし
ていることにより、控訴人川口、同神藤、同伊藤、同大口、同村上は控訴会社と競争関係にある前記各訴外会社の役員として、控訴会社の株式を取得し又は所有することを、強行法規たる私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律が禁止しているにもかかわらず、右控訴人等に対し控訴会社の発起人として未払込株金についての払込義務を負担させることは、結果において控訴会社の株式を取得させ右強行法違反の結果を招来することとなるのであつて、このような結果を招来する被控訴人の右控訴人等に対する請求は不当であつて、棄却を免れない。
第三、控訴会社及び控訴人吉野東市並びに控訴人川口等代理人は次のように述べた。仮りに控訴会社が、被控訴人主張の前記第一の一の売買契約の買主であつたとしても、公団と控訴会社とは、昭和二十五年二月二十五日右売買契約における控訴会社の未払代金を、同日現在において百八十一万四千六十六円とする旨の合意が成立した。そして控訴会社は、同日以降別紙第四表記載のとおり合計百九十万五千百四十三円三十三銭を、右債務について弁済したから、もはや公団およびその承継人たる被控訴人に対し何等の債務も負担していない。
第四、なお、控訴会社及び控訴人吉野東市は、原審において被控訴人主張の請求原因事実のうち第一の三の売買及び控訴会社が同売買契約により生じた権利義務を承継したとの点を除きその余の事実を自白したが、真実は、前記答弁のとおりであり、右自白は錯誤に基づくものであるから、当審においてこれを取消す。
(立証省略)
理由
第一 被控訴人の控訴会社に対する請求について
一、控訴会社は、控訴会社の成立そのものを争つているので、このことは結局控訴会社の当事者能力に関するものであるから、先ずこの点について検討する。
控訴会社は、控訴人吉野、同川口、同村上、同大口、同伊藤、同神藤、同古川及び同高坂の八名が発起人となり、資本金二百万円罐詰製造用原料資材の売買及び委託売買その他食料品並びに調味料の売買、食料品の輸出入等を目的とする株式会社として、昭和二十四年十一月五日設立登記を経由していることは、当事間に争いがなく、成立に争いのない甲第一号証の六、七、十七及び十八、甲第五号証、原審における控訴人吉野の供述により真正に成立したと認められる甲第一号証の二ないし四、当審における証人箕輪吉人の証言、原審及び当審における控訴人吉野東市、同川口仲三郎、当審における控訴人伊藤清正(第二回)の各供述を総合すると、控訴会社は、もともと控訴人吉野が主導的立場で設立を企図したものであり、控訴人川口、同村上、同大口、同伊藤、同神藤、同古川及び同高坂は、吉野より控訴会社設立の相談を受けてこれに賛助し、その発起人となることを承諾し、定款に押印するとともに、控訴会社の設立手続等一切を同人に委任したうえ創立総会開催のための期間短縮の決議をなしたこと、控訴会社の創立総会は、名古屋市内の明治製菓二階で開催され、吉野ほか七、八名の発起人等が同総会に出席していること、控訴人吉野は、その後右委任に基づいて会社設立に必要な手続を進めたうえ、前記日時に控訴会社設立登記手続をなしたことが認められる。右認定に反する証人伊藤研、同中野支郎の原審における各証言、控訴人神藤の原審における供述並びに控訴人古川、同高坂の当審における各供述は、いずれもたやすく措信し難い。
以上によれば控訴会社は、昭和二十四年十一月五日その設立登記の経由とともに、適法に成立したものというべく、控訴会社が当事者能力を有することは論をまたない。
二、そこで被控訴人の控訴会社に対する請求の当否について考えてみる。
(1) 本件公団が、食料品配給公団法に基づいて設立された法人であるところ、同二十五年四月一日同法第三十一条により、解散したことは、当事者間に争いがなく、同二十六年三月三十一日その清算手続を結了しその旨の登記手続を経たうえ、残余財産はすべて被控訴人をして承継せしめたものであることは、当裁判所に顕著なところであり、しかして控訴会社は、同二十四年十一月五日成立して株式会社でその資本金及び目的が被控訴人主張のとおりであることは、前記説明のとおりである。しかるところ、被控訴人主張の請求原因第一の一並びに同二の売買契約における買受人に関する点を除くその余の事実については、控訴会社が原審において自白したところである。控訴会社は当審に至り右自白を撤回し、右自白にかかる各事実を否認するけれども、控訴人提出の各証拠によつても、右自白の内容が真実に反し且つ自白が錯誤によりなされたと認めるに足らないから右自白の撤回は許容することができない。しかして、原審における控訴人吉野の供述により真正に成立したと認められる甲第二号証、原審及び当審における証人香取勇、同林敏通の各証言によれば、被控訴人主張の請求原因第一の二の売買契約における買受人は、控訴会社発起人代表である控訴人吉野と認めるを相当とする。右認定に反する原審における控訴人吉野の供述は措信し難い(従つて、この点につき、被控訴人のなした右の買受人を控訴人吉野なりとする自白は、錯誤に基づいてなされたものと認められるから、右自白の撤回は、これを許容すべきである)。
(2) 次に成立に争いのない甲第三号証、同第四号証、同第六、第十一号証、同第二十五ないし第二十七号証と、原審における控訴人吉野の供述により真正に成立したものと認められる甲第二号証、原審における証人梅原守士、同須藤五郎、原審および当審における証人香取勇、同林敏通の各証言、原審および当審における控訴人吉野の供述を総合すると、控訴人吉野は、かねてより本件公団の中部支局長と同支局罐詰課長の職にあつたところ同人は公団の登録配給業者であつた中部食品の代表代表取締役である梅原守士と懇意の間柄にあつたが、昭和二十四年春頃より我が国における罐詰類等に対する統制撤廃の気運が高まり、公団の解散も間近いことが予期されたことから、右梅原と共に罐詰統制撤廃後は吉野の公団における右の地位を利用し、中部食品の名義をもつて公団手持罐詰類の払下げを受けてその販売をなし、互いに利益を得ようと相談したうえ、同年六月末頃公団を退職し、当時の公団中部支局の事務所二階に中部食品罐詰部を設け、自らその責任者となり、以来同部はいわゆる独立採算制の形式をとり、公団より払下げを受けた罐詰類の販売は控訴人吉野においてこれを主宰していたところ、吉野はいくばくもなく梅原との間に確執を生じた結果、ここに中部食品とは別個に控訴会社を設立することとなり、同年十一月五日同会社を設立し、自らその代表取締役となつたうえ、右中部食品罐詰部の権利義務一切をその儘承継したこと、公団は同年七月三十日より昭和二十五年二月十七日までの間、右のように吉野が主宰する中部食品罐詰部に対し代金八百七十七万千八百三十六円十五銭相当の罐壜類を売却し、そのうち代金五百五十三万千五百六十円六銭相当の返品と代金百四十八万二千二百円の内入弁済を受けたところ、同年四月一日その解散に伴い、同年三月三十一日現在における右売渡物品の売掛残高債権(その額は、後日に至り清算の結果百七十五万八千七十六円九銭と確定されたものである)を調査した結果、右売渡分については、前記のようにその真実の買主と目すべきものは控訴会社であることが判明したので、同月十三日控訴会社の代表取締役である控訴人吉野と協議の末その承諾を得て公団解散の前日である同年三月三十一日現在の右未払代金の債務者を控訴会社となすに至つたものであること、しかして、その後における返品分と従前の返品分につき誤算のあつた分を清算し、結局公団の控訴会社に対する右の売掛代金残額債権は、百四十九万二千六百十八円六十銭となつたことが認められる。右認定に反する原審および当審における控訴人吉野の供述は、前掲各証拠にてらし措信し難い。他に右認定を左右するに足りる証拠はない(なお、成立に争いのない甲第三号証、同第四号証の二における公団債権額の記載は、いずれも当該書面記載の年月日当時における公団の控訴会社に対する全債権額を表示したものと認められるところ、右各記載の年月日前後において以上のように返品がなされており、又後記説明のように内入代金の弁済もあるのであつて、右各記載の金額と前記被控訴人主張の請求原因第一ないし三の未払代金債権の合計額とは、正確に一致しないのは当然であるから、右各証拠は、何等右認定の妨げとはならない)。
三、そこで進んで控訴会社の抗弁につき検討する。
(1) 控訴会社は、同会社が、被控訴人主張の請求原因第一の二、三の売買契約により生じた代金支払債務を承継したのは、控訴人吉野が控訴会社の代表取締役として、控訴会社に右債務を引受けさせたものというべく、しかして右債務については、控訴人吉野個人もその支払責任を免れ得ないものであるから、右控訴会社代表取締役としてなした債務引受は、いわゆる自己契約であつて、監査役の承認のない限り控訴会社に対して力を生じない旨抗争する。控訴会社の右各売買契約により生じた権利義務の承継は、結局右承継当時における公団に対する残代金支払債務の引受のみを目的としてなされたものであることは、被控訴人の本訴請求原因自体にてらし明らかというべきである。ところで、控訴人吉野個人も、右各契約の締結に当り控訴会社発起人代表者又は中部食品罐詰部主宰者として関与していること以上説明のとおりであつて、若し控訴会社又は中部食品が右売買代金の支払を拒否した場合は、同人においても右代金の支払義務あること勿論というべきである。さて商法第二百六十五条(昭和二十五年法律第一六七号による改正前のもの)にいわゆる取引とは、会社と取締役との間の利害関係が相反し、そのため会社が不利益をこうむるような事項を指すものと解すべく、そうとすると本件の前記債務引受行為は、同条にいわゆる取引に該当するものというべく、これには監査役の承認を必要とするものと解する。ところで、原審における控訴人吉野の供述により真正に成立したものと認められる甲第五、第七ないし第十号各証、当審における証人諏訪部孝の証言により真正に成立したものと認められる甲第十五ないし第二十三(二十、二十一、二十三号各証はいずれも一、二)号各証と、当審における証人諏訪部孝、同加藤義雄の各証言、原審および当審における控訴人吉野同伊藤(当審の分は第一、二回)の、原審における控訴人神藤の各供述を総合すると、控訴会社は昭和二十五年四月二十八日の取締役会において右各債務引受行為を承認していること、又、その後公団との間に右未払代金等の支払につき数次の折衝が行われた際、控訴会社の関係者からは何等右債務引受についての異議は述べられず、唯発起人個人の責任追及の点について異議が述べられたに止ることが認められるから、控訴会社の前記各債務引受については、その監査役の承認があつたものと推認するを相当とするのである。この認定に反する当審における証人笹原元吉の証言(第一、二回)、当審における控訴人大口、同村上、同川口の各供述は、たやすく措信できない。よつて、以上の点に関する控訴人等の抗弁は採用しがたい。
(2) 次に弁済の抗弁につき検討する。
控訴会社主張の弁済金額中、別紙第三表記載の最終分十万四千円の分以外は、被控訴人においてこれを認めるところである。しかして右十万四千円の支払については、控訴会社の何等立証しないところであるから、これを認定するに由ないものである。(なお、被控訴人が原審においてなした本件売掛代金残額につき二万円の値引きをなした旨の自由は、弁論の全趣旨によりかかる事実がなかつたことを窺い得るので、右自白は被控訴人の錯誤に基づくものとして撤回を許容すべきものと解する。)以上説明したとおり、控訴会社は被控訴人に対し、前記売掛代金未払債務二百三十一万二千三百六十四円八十銭(被控訴人主張の請求原因第一の一ないし三の代金合計五百二十一万三千五百八円十三銭から別紙第三表の二百九十万千百四十三円三十三銭の支払金を控除したもの)及びこれに対する最終内入弁済のあつた日の翌日であること当事者に争いのない昭和二十六年二月七日以降右支払ずみに至るまで、商法所定の利率である年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわねばならない。
第二 被控訴人の控訴人吉野、同川口、同村上、同大口、同伊藤、同神藤、同古川、同高坂に対する請求について
先ず、本訴請求原因事実のうち、右控訴人等の控訴会社に対する株金払込義務の存否について考えてみる。控訴会社は、被控訴人主張のような目的をもつて、資本金二百万円全額払込みずみの株式会社として、昭和二十四年十一月五日その設立登記を経由したものであることは、当事者間に争いのないところである。
ところで、成立に争いのない甲第一号証の四ないし八、十七、十八、印影の成立につき争いがなく従つて真正に成立したものと認められる同号証の九ないし十五、原審証人梶川有、同大島彦太郎、同原貞雄の各証言、原審における控訴人神藤の供述、原審および当審における控訴人吉野、同川口、同伊藤(当審の分は第一、二回)の各尋問の結果を総合して考えると、控訴人吉野は昭和二十四年秋頃、資本金を二百万円とし自ら主宰する控訴会社の設立を計画し、その設立発起人として他の控訴人七名の承諾を得た上、右のような関係からその発起人総代として設立事務一切を委任されて担当し、同年十月八日控訴会社の定款を作成して公証人の認証を受けたこと、右各発起人の払込むべき株金(控訴人吉野は八千株で四十万円、他の控訴人七名はそれぞれ二千ないし四千株で十万円ないし二十万円)の調達については、控訴会社の設立を急いでいた関係もあつて、控訴人吉野が主債務者となり他の控訴人等のため一括して訴外株式会社第一銀行名古屋支店より金二百万円を借受けることとなり、他の控訴人等においてその連帯保証人となつたこと、控訴人吉野は右借受けにかかる二百万円を株金払込取扱銀行たる右訴外銀行名古屋支店の控訴会社の株式払込金として払込み、同支店よりその保管証明書の発行を得て、その後の設立登記手続を進め、前記のとおり同年十一月五日その設立登記手続を完了したことが認められる。被控訴人は、控訴人吉野がその余の控訴人をも代理して右第一銀行名古屋支店に控訴会社の株金払込み二百万円をなしたことを否認し、右はいわゆる預け合い又は見せ金であつて株金の払込みを仮装したものである旨主張するが、前掲各証拠とくに甲第一号証の八、十八および原審証人梶川、同大島、同原の各証言によれば、控訴人吉野より実際に右株金の払込みがあつたものであること、右払込資金は前示のように第一銀行名古屋支店より借受けたものであり、右銀行は該金員貸付に当つて、吉野を主債務者とし他の控訴人七名をその連帯保証人としていることが認められるのである。なるほど、右のように、払込資金の借入銀行と株金払込取扱銀行とが同一であること、又、前掲各証人の証言及び控訴人等の本人尋問の結果によつて明かなように、控訴会社がその成立後右株金二百万円の払戻しを受け、これを控訴人吉野に貸付け、同人においてこれを右借入金の弁済に充当しているのであつて、その間不明朗な印象を与えることを免れぬが、このような結果的事象だけをとらえて直ちに前記の認定をくつがえし、右払込みをして虚偽仮装のものなりと断定することはできない。
従つて、控訴人吉野が他の控訴人七名に対し、その立替支払をなした株金払込充当金の償還請求権、又は前記理由第一において説明した関係から控訴会社において控訴人吉野に対し損害賠償請求権等を取得しうることの余地あるは格別、控訴会社が控訴人吉野又は他の控訴人等に対し、右各控訴人等において未だ株金の払込なく、従つてその払込請求権があるものとして、その代位行使を云為する被控訴人の右主張は、とうてい採用し難いといわねばならぬ。よつて被控訴人が控訴会社に対する前記売掛代金残額請求権を保全するため、右株金払込請求権を代位行使せんとする本訴請求は、他の争点につき判断するまでもなく、失当として棄却を免れ得ないものである。
第三 結論
以上説明したとおり、被控訴人が控訴会社に対し、売掛代金債権等の履行を求める本訴請求は正当であり、これと同趣旨に出でた原判決は相当であつて、控訴会社の本件控訴は理由がないが、被控訴人が控訴人吉野、同川口、同村上、同大口、同伊藤、同神藤、同古川および同高坂に対し、控訴会社の株金払込請求権の代位行使を請求原因となす本訴請求は失当であつて、これを是認した原判決は不当であるから、維持し難いというべきである。従つて、本件控訴中控訴人吉野、同川口、同村上、同大口、同伊藤、同神藤、同古川および同高坂に関する部分は理由があり、原判決は一部取消を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第九十五条、第八十九条を適用して、主文のように判決する。
(昭和三五年七月三〇日 名古屋高等裁判所第一部)
(別紙目録省略。)